こいし師匠と、幼き日の思い出

先日、関西漫才界の大御所である喜味こいし師匠が亡くなられました。mixiマイミクsugiちゃんの日記の中で、「がっちり買いましょう」という番組があったことが書かれており、そこからいろいろな思い出がよみがえってきました。「がっちり買いましょう」の番組はたしか日曜日のお昼頃にやっていたような気がしますが、毎週見ていた記憶があります。家族団らん、和室でこたつに入ってテレビを見ていた・・・そんな情景から、様々な子供時代がよみがえってきました。。。

我が家では、休日=父が家にいる日(ごく普通のサラリーマン家庭でしたから)には家族はみんな家にいるものと決まっていたように思います。誰がそうしろ、といったわけではありませんが、休みの日は静か~にそれぞれが別々の本を読みながら、居間で一緒に過ごしていたように思います。友達と約束して千里中央まで遊びに行く、なんていうのは、中学生になっても私にとってはかなり特別なことでした。

その居間にピアノは置いてありましたから、必要なときは、そこに家族の誰がいようと、ピアノを弾いていました。たいていは夜8時から10時、というのが、高校に入るまでの私の練習時間でした(少ない練習量!)。母が近所の子供たちにおしえる程度でしたがピアノ教師をしていましたから、夕方は母のレッスン時間でピアノは使えません。その時間に学校の宿題など済ませて、夜が自分の練習時間。でも、眠くなるし、見たいテレビもあるし(小学校高学年の頃は日本プロレスが大好きでアントニオ猪木のファンでしたから、それが見たくて仕方なかった)勤勉な子供ではありませんでした。ほかのみんなはきっと中学時代、猛練習していたんだろうなぁ。

父がオーディオに凝っていた時期があり(私が中学生時代)、よく日本橋(大阪では「にっぽんばし」と読む)の日の丸商会という電気屋のおっちゃんがよくうちにやって来て、アンプやら、ごっつい木の箱を持ち込んでは、ブロックの上にその箱を置いたり、父と二人でああでもないこうでもない、とスピーカー作りに励んでいました。ピアノのふたを開けてマイクを突っ込んでみては、でっかいオープンリールのテープをガッシャンとまわして、「文子、何か弾いてみ」と言われて、その頃練習していたバッハの平均律1巻の2番のプレリュードを何度も録音して、音の聞き比べをしていたこともありました。結局そのとき作ったスピーカーは数年使いましたが、そのあとは一回り小さいJBLのスピーカーに代わっていましたが。。。(このスピーカーは今も両親の家に健在)

レコードも父がなんとなく買い集めたものがあり、私が聞くというより、兄が受験勉強しながらシューベルトのピアノソナタや、ベートーヴェンの弦楽四重奏などを聴いていたのが、今でもからだにしみこんでいるような気がします。

いとし師匠のニュースから、そんな子供時代をふと思い出しました。いとしこいし師匠の漫才はほんとにおもしろかったな~。これもきっと私のからだにしみこんでいるのだと思います。

ちなみに、今の私が好きな娯楽系テレビ番組は「探偵ナイトスクープ」かな。司会の松尾依里佳ちゃんもかわいい!

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