なつかしの中学時代 

今日は文京区まで合唱団の練習に。帰りにはまたまたダヴィデ氏と共に坦々麺(+焼き餃子)を食してまいりました。もうこれ以上画像アップするのはしつこいのでやめておきます。美味堪能!身体の芯から元気を補給して帰宅。


実は昨日、このブログを見て「探し人」であった私を探し当てた人がいました。何も私は逃げ隠れしていたわけではありません。知らない間に「不明な人」になっていたのでした。中学卒業してから○年、今年みんな○歳になるので、大々的な同窓会(同期会)を催そうではないかと、出来るだけ多くの同期生に案内を送れるように、と数名(…いや、結構な人数みたい)の人たちが立ち上がって活発に動いてくれているそうです。ちょっと感動。

私は中学卒業するまで大阪で育ちました。もう関東の方がずっと長くなってしまいましたが、夫も大阪人ですし、現在横浜にある我が家ですが、一歩うちに入るとそこは「大阪」ということになっています。

私の人生において、大阪から東京に移ってきた中学卒業式と高校入学式の間の春休みに、大きな大きな区切りのラインが引かれています。

高校から上京して某G大音楽学部の附属に通うようになり、そのまま大学、大学院と進み、今現在もだいたい同じ顔ぶれの人たちと公私ともにおつきあいをしているものですから、高校生活はそのまま現在につながっています。逆に、中学時代は部活に所属していたわけでもなかったし、とっても遠い、もはや今の自分にはあまり関係のない、印象の薄い時期だったように思っていました。

私が音楽の道に進むことを具体的に考えたのは、やや遅で中3になってすぐの頃だったと思います。父が東京転勤に決まり、「お父さんが東京行くからこんな学校もあるから受けてみる?」と母が何気なく言った言葉がきっかけ。地方にいる幸せというのか、音楽の世界、受験の厳しさも知らず…それ以前に「そんな学校あるんだ」くらいで何も世間を知りませんでしたから、のんきに準備したように思います。地方のせいではなくて、私個人がのんきだっただけかもしれませんが…

まわりのみんなと違う道を選んだ私でしたが、楽しい中学生活を過ごしたように思います。3年生での文化祭の準備も、クラスの数人と下校時刻を過ぎても見回りの先生に見つからないように教室の隅にこっそり隠れて、暗くなるまで作業をしたり、朝もまだまっ暗なうちから待ち合わせをして登校して作業をしたり…と。楽しくて懐かしい思い出。3年2組。

でも、そんな中、そのクラスメイトたちが朝の集合について、私に連絡をくれなかったことがありました。「なんでおしえてくれへんかったん?」と尋ねると「おまえはみんなより早く受験があるから(附属の受験日は当時から1月末だった)ピアノの練習も勉強もせなあかんやろ。みんなでやっとくから、朝はゆっくり来たらええねん」って!

この時、みんないい友達やなぁ、ってジワ~っと感激しました。今でも忘れていません。自慢の友達です。それ以後、みんなの気持ちを無駄にしないよう一生懸命やらなくては、と思ったものです。

卒業の時にみんなに書いてもらったサイン帳、今でも大事に残っています。どの友達からも「東京行ってもがんばってね」という応援の言葉。c0061774_23431585.jpg
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そういえばこの頃私は大のスヌーピー好きだったっけ。。。

そして、数学の先生からの言葉もありました。
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私は数学の時間にそんなに笑っていたのかなぁ???
〈ちりとてちん〉の「ぎょうさん笑ろうて生きていけ」みたいな言葉ですね。
※卒業年度は見えないように撮ってみました(^^;)

たくさんの友達、先生方に見送られて上京し、そして音楽の道を歩むことになったんだなということを、あらためて思い出させてくれた昨日でした。

カッパさん、見つけてくれてありがとう!^^
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