カテゴリ:旅( 40 )

昨夜、混声合唱団「樹林」を終えてから、夜11時に家を出発、尾瀬に行って参りました。尾瀬の第1駐車場に到着したのは夜中の2時半頃。それから車内で2時間弱爆睡。4時半過ぎに乗り合いタクシーで鳩待峠に向かい、5時過ぎから尾瀬デビュー!

駐車場の待合室で見つけてしまったポスター。。。う~ん、なんとも。。。
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早朝の尾瀬は寒いくらいでした。Tシャツの上に長袖のシャツを着ていましたが、それでも寒いので、綿のカーディガンも重ねてちょうどいいくらい。7時頃になり、日が差してくると暑くなってきましたが、正午になっても23度くらい、と快適な気候でした。前日の夕方にはバケツをひっくり返したような雨が降ったらしく、足下もぬれており、朝は霧がかかっていて、景色は幻想的。湿原以外は何もない、という風景でした。
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早朝の湿原には露のついた芸術作品(蜘蛛の巣)が限りなくたくさん!レース編みのようでした。
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時間と共に少しずつ霧が晴れてきて、周囲に山がたくさんあることに気づきます。ほんとうに静か。立ち止まると、虫の声、羽音、カエルの鳴き声、鳥のさえずり、熊よけの鈴をつけて歩く人の鈴の音(遠くから)、風の音が静けさの中でどこからともなく聞こえてきます。

可憐な花もそちこちに。君に会うのも今日限りだね、と一期一会を感じながら。
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大好きな?吊り橋も渡ってきました。ヨッピ橋。
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ブランチ?におそばをいただきましたが、なかなか美味しいおそばでした。
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鳩待峠→山の鼻→牛首→ヨッピ橋→竜宮→牛首→山の鼻→鳩待峠、というコースで歩きましたが、帰り道では、行きの霧深い景色とはまったく異なった、青々とした湿原を見ることができ、得した気分。
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鳩待峠に戻ってきたのはちょうど12時でした。よく歩いた~~!
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万歩計を買ったから尾瀬に行ったわけではないのですけれどね。本日、尾瀬での脂肪燃焼量は102.9gでした!
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by fumifumifumin | 2010-08-29 23:54 |
昨日、今日とものすごい暑さですね。熱中症に気をつけましょう。

・・・ということで、先週末、ふらり仙台に行ってまいりました。

土曜日昼前に仙台に到着。まず青葉城跡へ。お天気にも恵まれ、暑い日でしたが、さすが杜の都仙台は街中にも緑が多く、木陰を歩くとさわやか。でも、ひなたではサングラスと日傘(または帽子)が必須。

青葉城跡近辺ではこの植物をたくさん見かけたのですが、なんでしょう??腰の高さくらいあります。
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伊達家のみなさんは字がお上手!というのが、一番の感想。もちろん、しっかりした教育がなされていたからでしょうが、それでもやはりいい字を書く血筋なのだろうな。何代目だったか忘れましたが、伊達吉村の文字は美しかったなぁ。政宗公の文字はちょっとした書類もすべて芸術的な「書」のようでした。

青葉城跡のあとは瑞鳳殿へ。瑞鳳殿の資料館で流れていた御霊屋の発掘、再建の様子のビデオは興味深かったです。伊達家を身近に感じるようになり、そのあと二代目忠宗の感仙殿、三代目綱宗の善応殿を見ると何か感慨深いものがありました。「家(ご先祖さま)」を大事にするっていいものだなぁと。夕方になって雨が降ってきたので、瑞鳳殿からの帰路だけはタクシーに乗りましたが、よく歩いた一日。(夫のメタボ対策のおつきあい!)
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仙台市内で、生牡蠣やらあれこれ食べてから、多賀城で宿泊。翌、日曜日はまず松島(瑞巌寺と奥松島-嵯峨渓遊覧船)へ。瑞巌寺では本堂が改修工事中でした。
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松島でお昼に牡蠣フライを食べてから、塩竃へ。塩竃には阿部勘酒造や、大好きな浦霞酒造の蔵元があるのですが、日曜日でどちらも閉まっていました。ちょうどその2軒の中間あたりにあった酒屋さんにて、試飲もさせてもらって、ご当地にしかないというお酒を数本買ってきました。美味!!
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塩竃では翌月曜日(海の日)がお祭りということで、神社にはお神輿なども準備されていました。ちょっとひょうきんな狛犬さんも。
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暑い中をたくさん歩いた旅でした。この日の夜は仙台市内でおすし屋さん。

帰り、仙台駅で新幹線ホームにあがるエレベーターでずっと流れているアナウンス。どうしても「牛タン、14番線にお越しのお客様…」って聞こえてしまったんだけど、どなたか仙台から東京方面の新幹線(13、14番線ホーム)に乗る機会があったら聞いてみてください。。。
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by fumifumifumin | 2010-07-21 11:14 |
帰る日です。盛岡経由で帰ろうということになり、朝食をすませてちょっとホテルのおみやげ売り場を眺めていると・・・ひろし社長(コンサート主催「ひろしと愉快な仲間たち」の代表)が立ち寄ってくださってプレゼントを。本日の岩手日報朝刊です。「酔いしれ」とか「魅了」とか、ちょっと恥ずかしいけど。。。
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ありがとうございました。

釜石線で盛岡に向かう途中の車窓。遠野のたんぼはとっても黄色いのです。半分はもう稲刈りが終わってる。
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盛岡では初ジャージャー麺。(このために盛岡に行った)
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これを食べ終わったら、その器に生卵を割ってよく混ぜ、カウンターにお皿を出すと熱々のスープを入れてくれます。ちーたんたん。
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からだは暖まるし、胃にもやさしく、とっても美味しかったです。サイズが小、中、大とありましたが、小で十分足りました!

2009年の遠野コンサートも、みなさんのおかげで無事終わりました。ひろしさん、ひろしと愉快な仲間たちのみなさん、遠野のみなさん、ありがとうございました。また来年を楽しみに、よいコンサートができるように今から少しずつ考えてまいりたいと思います。

2009年『音の小箱』 in 遠野 Ⅳの記録

ひろしと愉快な仲間たちのメンバーであるK重さんのブログでは、準備の様子を書いてくださっています。

また、今回使用させていただいたチェンバロの製作者である木村さんの記事が「考える人」という雑誌の秋号に載っています。
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by fumifumifumin | 2009-10-06 22:15 |
さ、合宿記2編に続いて、勢いでもう一丁書いてしまいます。

雫石から合宿を終えた合唱団のみなさまと新幹線に乗りましたが、私は仙台駅で下車。この日横浜から出てきたビオラ奏者Aちゃんと改札口で合流し、次なる旅へ。
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ホームで合唱団のみなさんをお見送りしていた時撮った画像ですが、みんな私に手を振ってくれてたと思ってたのに、写真を意識してピースしてる人がいた。。。

バスで1時間10分(途中東北自動車道も通る)宮城蔵王へ向かいました。途中、空には黄色くて細くて艶やかで幻想的なお月様が。東北自動車道を出ると、バスはだんだん明かりもない真っ暗な道に入っていきました。景色もまったくわからず、終点に到着。そこへ、今回おじゃまするチェンバロ製作者のKさんがお迎えに来てくださいました。そこからさらに山道をくねくね登り、今はすっかりさびれてしまったという青根温泉奥にあるお宅へ。

Kさん宅で私たちを暖かく出迎えてくださったのは、T子さんと、Yくん。T子さんにはおいしいお料理をご馳走になり、相棒などは折り紙まで指導してもらってました。Yくんは18歳のリコーダー少年。なんと、前日私の家のすぐ近くに住まわれているリコーダー奏者の方のところにレッスンに行った帰りにKさん宅を訪れたのだとか。このYくん、いまどきめずらしいようなピュアでかわいらしい子。不思議な取り合わせのメンバーでしたが、たまたまAちゃんがお誕生日だったこともあり、夕食ではろうそくをつけ、みんなでお祝いを。近くを流れる川のせせらぎの音しか聞こえない静けさの中、はじめてお目にかかった方々とは思えないくらい、ゆったりとすっかり溶け込んで過ごさせていただきました。夜、家の前に出てみた空!!星がいっぱい!!ずっと雨が続いていたそうなのですが、見事な星空!残念ながら小岩井では見られなかったので、なおさら感激でした。

夜が明けて、ゆっくり朝ごはんをいただき、チェンバロも思う存分弾かせていただき、昼過ぎにはまたバス乗り場まで皆さん揃って送っていただき、帰ってまいりました。昨夜は真っ暗でどこを走っているのかもわかりませんでしたが、ほんとうに楽しい山道のドライブ。景色も空も美しく、すばらしい快晴。Kさんには10月4日の遠野でのコンサートの際にお世話になります。
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このたびの合宿と工房訪問の旅は、広大な自然の中でのすばらしい環境にはじまり、あまりにも順調で満たされていたためか、夢の中のできごとのような気さえしていたのですが、家に近づくにつれ、その夢のようだったすべてのできごとがだんだんしっかり現実のものとして感じられてきて、そのことがなんともうれしくなったのでした。みなさまに感謝。全部現実のことなんですよね!合唱団の歌が上達したのもね!決して夢のできごとではありませんように。。。
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by fumifumifumin | 2009-08-24 22:51 |
やっとたどり着きました。最終日。

インドの地(チェンナイ)を離れてシンガポールへ。夜中のフライトでしたが、あまりよく寝られず現地時間の6時頃に到着。空港の仮眠ホテルは9時まで満室とのことで、仕方なくシルバーラウンジに行って、座り心地よさそうなソファーを見つけてそこで仮眠。爆睡!日本へ戻る便は夜の12時前だったので、3時間ほど休んで、それから一時空港を出て観光。。

あ、その前に、行きに空港の免税店で見かけた「ブタ」が気になっていたので、立ち寄りました。いたいた!金のブタ!もっと大きくてかわいいブタもいたんだけどあきらめて、小型ちゃんをうちに連れて帰ることにして、レジでお勘定をしている時!

c0061774_1030183.jpg←これは買えなかった大きなブタたち。買ったのはこの写真の一番左にいるのと同じもっと小さいもの。

やっぱり金のブタは幸せを呼ぶのですね。レジ横の陳列棚に「シンガポールフライヤー」という観覧車の絵入りの置物がいっぱい置いてあったのです。大きな観覧車があるんだな、と今日のメインはこれだ!と決めました。行き方は出国ゲートを出たところにある「観光インフォメーション」で聞きましょう。空港の中のインフォメーションでは「専門外」なのでおしえてもらえません。^^

まずは有名なマーライオンを見て、そのあと暑い中を歩いてシンガポールフライヤーへ。外から見ると実に地味な観覧車なので、ちょっとがっかりしたのですが、乗ってみるとゴンドラが6畳か8畳か、そのくらいあるのではないかと思えるほど広く、揺れないし、世界一だとか?2000円強するので高め(インドでの物価から考えると目が飛び出るほど)の金額でしたが、乗れてよかった。シンガポールの町は工事ラッシュ。あっちもこっちもすごいことでした。2,3年後に来たら、まったく違った風景になっているだろうなぁと。
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観覧車では中国人らしいご家族と相席。

観覧車に満足したあとは、大きなマーライオンがいるということで、今度はケーブルカーに乗ってセントーサ島という、ディズニーランドの小型をめざしてるのかな?と思えるような(ディズニーランドほど徹底はしてない)島に渡りました。高いところばっかりで爽快!こちらでも広い地区が工事中。大きなマーライオンは頭の上、口の中まで上がれましたが、やっぱりマーライオンは本家マーの方がいいみたい。
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最後には暑い中での歩き疲れ、旅全部の総合疲れもピークとなり、夜9時ごろに空港に戻った時には眠くて眠くて・・・飛行機に乗り込んだらすぐに寝てしまいました。飲み物のサービスにも気がつかず、朝5時半頃(日本時間)に「朝食でございます」の声に起こされるまで熟睡して帰ってきました。


今回の旅、みずから望んで決めた旅行ではなかったのだけれど、貴重な体験ができて、関係してくださったみなさまに感謝感謝です。子供たちもそれぞれに自分のことができるようになったし、これからはいろいろな地に積極的に訪れてみたいものだと思いました。

インド旅行記お読みくださったみなさま、長々とおつきあいいただきありがとうございました。

シンガポールでの写真はこちら
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by fumifumifumin | 2009-08-19 10:44 |
日中はまだ暑さが残りますが、朝夕は風がずいぶん涼しくなり、夜には虫の声が聞こえるようになりました。もう秋の気配。

さて、駆け足でリポート進めます。アグラでの観光も終え、いよいよ帰路に着きますが、デリーに戻る途中、ヒンドゥー教での一番人気の神様であるクリシュナの生誕地にある寺院に立ち寄っていきました。ちょうどその週がお誕生日だったということで、週末にはものすごい人々が集まってきていたそうです。大きな寺院で、特にセキュリティも厳しく、荷物などのチェックもあり。カメラはもちろんダメ。荷物は車においていくように言われていたのにリュックを持っていった主人は、カテキン粉を溶かして入れてきたペットボトルを「これなんだ?」と咎められ、飲んでみろ、と飲まされていました。どこへ行っても(空港はもちろん、どのホテルも、観光地も)セキュリティチェックは必ずありました。

ということで、クリシュナの生誕寺院も写真なし。


デリーの町に入り、インド門や官邸、大使館通りなど、今まで見てきた町とは大違いの、立派で美しい町並みを走り、空港へ向かいました。9億人の貧困の上に1億人の富がある、ということなのでしょうか。宗教的な面からも、インドという国にとって、この格差をなくすことは難しいことなのでしょうか。

デリーの空港も最近新しくなったそうできれい。今回訪れた町のうち、最近日本人も多いはずのバンガロールやハイデラバードでも、町に出ると「外人や!どこからきたん?」という視線が私に向かってあちこちから放たれているのをビシビシ感じました。「私、みんなと違う?」って言いたかったくらい。意外にインドの人たちって自分に近い感じがしたものです。どこかでつながりがあるのかも。

チェンナイではそのビシビシ光線が少し薄れ、デリーでは海外からやってきた人も多く見かけられるので、外国人をめずらしげに見る視線はほぼありませんでした。また、着ているものも、デリーではTシャツにジーパン姿のインド人女性を多く見かけましたが、それまでに訪れた町ではサリーなどのインドの衣装をみんなが着ていて美しかった。暑い町に鮮やかな色はとても映えていました。

食べ物について、私にしてはめずらしくほとんど写真がなく、レポートの内容もほとんどないのですが、一回を除いてすべてインド料理でした。辛いのが苦手な私でもスパイスを加減してくださったり、あまり辛くないものを注文してくださったり、ととってもおいしい食事でしたが、なにせ名前を聞いても聞いても覚えられない。。。新しく覚えた名前は「ヴァダ」(豆の粉で作ったドーナツのような主食)だけ。ヴァダ好きです。

ナンやチャパティをちぎって、おかずをくるんで手で食べる、というのが一番食べやすい方法だということもわかりました。食後にはインド料理店では必ずフィンガーボールが出てきますが、中華やコンチネンタル料理もおいてあるレストラン(向こうではレストランのことをホテルというらしい)では、フィンガーボールは出てきませんでした。あちらの水道で手を洗え、と言われてました。

でも、インドに行くと少々辛くてもおいしくいただけました。暑い土地で、辛いものを食べ、ライムソーダ(生のライムを搾ってソーダ水で割る。塩を入れるのと砂糖をいれるのと二つのタイプ)やラッシー(これも塩派、砂糖派あり)を飲むというのは、身体をとってもシャキッとさせるのだということを実感しました。おいしい果物もたっぷり食べてからだを元気にさせます。インドのかたがたはあまりお酒を飲まないように思いました。また、めちゃくちゃ甘いものが好きだということも知りました。

デリーからチェンナイに飛行機で移動し、夜遅くの便でいよいよインドを離れシンガポールに向かいます。チェンナイでずっとご一緒だったAさん(インドの人だけど実は横浜在住)とお別れ。長かったような、あっという間だったようなインド旅行でした。また行ってみたいな。

5時間フライト、機内での夜中、この旅行中ではじめてあまり寝られませんでした。

(つづく)

少しだけですがデリーでの写真はこちら
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by fumifumifumin | 2009-08-18 21:49 |
いよいよ旅のクライマックス、タージマハールへやってきました。早起きして出発。ここではKさんというアグラ出身の方(日本大使館にお勤めらしい)にガイドをしていただきました。

ムガール帝国5代目皇帝であるシャー・ジャハーンが愛するお妃さまのお墓。22年の歳月をかけて完成されたそうです。皇帝の住むアグラ城から見える場所。完璧なシンメトリー。遠くから見る全体像もものすごく美しいけれど、そばに近づいてみると、どこを見ても細かい象嵌細工や彫刻がまたすばらしく美しく、手がかけられています。

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ほんとうに美しい姿。この目で見られてよかった!と心から思いました。ガイドのKさんも、今の世の中でお金持ちがお金をかければ同じものが造れるかと言ったらそうではない、「ここ」があるからできたタージマハールなんですよ、と胸に手をあてておっしゃいました。

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40年くらい前、今は亡き私の祖父がタージマハールを訪れて、大理石でできた小さな置物をお土産に買ってきてくれたことがあります。白くて氷砂糖のようなちょっと透き通ったようなタージマハール。今も両親の家に飾ってあります。祖父も同じところにかつて訪れたのだなぁと思いつつ歩きましたが、一つ、祖父が知らない新しい発見もその後あったのです。ヤムナー河を隔てた対岸に、15年ほど前、シャー・ジャハーンが自分の墓を黒大理石で造ろうと思ったのではないかと思われる遺跡が発見されたということです。河を隔てても対照的にと。この夢はシャー・ジャハーンがあまりに浪費をするので、息子に幽閉されてしまい叶わぬこととなってしまったようです。この日の午後に、対岸からのタージマハールを見ようということで午前の部は終わり、ホテルに帰って昼食をすませ、暑い時間は一息休憩。

(つづく)

タージマハール(午前の部)の写真
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by fumifumifumin | 2009-08-16 11:29 |
8月8日移動の日です。週末で仕事からようやく解放された主人とAさんと共に、インド南部から一気にインド北部のデリーへ2時間半の飛行。デリーに到着して外に出ると、暑い暑い!40度近くあるとのこと。日差しも強い!ジリジリしますが湿度が低いようなので嫌な暑さではありません。サングラスと帽子がここでも大活躍。

デリーからは新しいメンバーとしてMさんが加わってくださいました。飛行場に着いたらそのまま車で5時間かけてアグラに移動。中央分離帯のある広い道路がまっすぐ伸びています、そこをひたすら南へ。両脇に見える景色はずーーーっと低い木がところどころにはえているだけの平原。そして時々オアシスのようにDHABA(ダバ)と呼ばれる食堂が現れます。屋根がかかっているだけの食堂。ちょっと埃っぽいけど、味はよかった。

ここでも交通事情は信じられないことの連続?で、らくだや牛が荷物を引いている光景は普通。中央分離帯があるほどの道であるのにも関わらず、バイクやリクシャーのみならず、大型のバスまで逆走してきても、誰も驚かずに運転している姿に驚いてしまう私。バスやリクシャーは明らかに定員オーバーどころか、定員の3倍?4倍?5倍?といった人たちが屋根の上にまで乗っている。これはこれまで訪れた街中でも同じことでしたが、こんな長距離道路でもやってしまうわけね、って、ここまでくるともう、なんでもあり~~のインドに親しみさえ強まってくるのでありました。

さて、いよいよ翌日はタージマハールです!

(つづく)

移動日の写真はこちらから


◇おまけ◇
芸術、学問などの知を司るヒンドゥー教の女神であるサラスヴァーティー
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by fumifumifumin | 2009-08-15 21:04 |
早朝ハイデラバードから、キングフィッシャー航空でチェンナイに移動。主人はこの日もお仕事。私は観光4日目。この日までRさんがおつきあいくださいました。Rさんは主人が訪れている会社の社員さんで、9年日本に住んだこともあり、日本語ペラペラ。インドではみんな英語、ヒンディー語と地元語を学校で習うそうです。私は英語すらろくにしゃべることができず、やっぱり言葉はできた方が旅もどれだけ楽しくなるだろうかと痛感しました。英語はもちろん、ヒンディー語も文字が読めるくらいになりたいな。

インドでは25種類(だっけ?)の言語(文字もそれぞれ違う)が使われているので、州が違うとまったく理解できない言葉もあるそうな。チェンナイではタミル語という言語が話されていますが、Rさんは文字も読めないし、聞いても1割も理解できないとのこと。今まで見てきた町では、看板などもだいたい英語表記。それに加えて地元の文字でも書いてあるというかんじでしたが、チェンナイで見る看板には、英語表記が少ない!くにゃくにゃした文字ばかりが目に入ってきます。Rさんがおっしゃるには、チェンナイの人は英語もヒンディー語もわかっていたとしても、あえてタミル語を使うようだということでした。フランス人みたいですね。ランチに入ったお店でも、Rさんはお店の人の話すタミル語に苦戦。でも、英語とヒンディー語(たぶん)を使ってなんとか注文してくださいました。

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ベンガル湾に面した公園にて。暑いけど湿度は低い。

チェンナイでも二つのヒンドゥー寺院を訪れましたが写真はなし。Rさんに、お寺を参りしたらほんの少しでもお寺のどこかに腰を下ろしてゆっくりしていくものだ、ということをおしえていただき、これまでもそうしてきましたが、午前中訪れたお寺では時間も十分あったので30分くらい座っていきました。訪れる人は絶えることなく続々と。大人も子供も、お年寄りも若者も・・・見ていて飽きません。空気も穏やかです。

キリスト教の教会にも訪れてみました。大きな立派な教会でした。サントメ教会。キリスト教信者はほんとうにわずかしかいないそうですが、それでも数人の信者の方が熱心にお祈りしておられました。
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夕方より主人たちと合流。Rさんは夕方の便でバンガロールに戻っていかれました。4日間ほんとうにありがとうございました!!

チェンナイでの写真
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by fumifumifumin | 2009-08-14 23:46 |
広島原爆記念日の日、バンガロールより少し北に位置するハイデラバードをまわりました。大きな岩がゴロゴロしている町、という印象。そして、イスラム色の強い町。

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ハイデラバードのシンボル、チャール・ミーナール。

ここでも交通事情は同じ。3日目になり、どんなに接近してもお互いにわかってるからぶつからないんだな、とかなり慣れてきたものの、東京でいうと環七の上馬交差点くらいのところでも、信号はなく我先にと車は突っ込んでくるし、横断歩道ないのに人はその突っ走る車の合間を渡っているし。

インドと言えば、牛が悠々と道を渡ってそのためにはどんなイラチなドライバーも待たなければならないわけですが、牛のほかには水牛、らくだ、ヤギ、犬、リスなどが目だっていたように思います。サルもいました。日本では猫がその辺を歩いていて、犬は家につながれている、というのが普通ですが、インドではほとんど猫には会わず、犬はふらふらと道を歩いたり、道路脇で無防備に熟睡している姿をたくさん見ました。そして、ボルゾイ系とでもいうのか、犬たちの顔はみな面長でした。

岩がゴロゴロしているハイデラバードこその壮大な岩のお城、ゴルコンダ・フォートには昼にRさんと、そして、仕事あとの主人たちと合流して、夜にもまた行きました。夜にはライトアップショーが行われ、ゴルコンダでの歴史的なお話を、人や物は一切使わず、ライトだけでショーアップするという、なかなかいいアイデアのショーでした。

ショータイム後のゴルコンダフォートと満月。(16夜かな?)
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(つづく)

ハイデラバードの写真(ちょっと多いです)

バンガロール同様、訪れた場所に簡単な説明を入れておきましたので、よろしければごらんくださいませ。こちらでもヒンドゥー寺院にお参りしましたが、写真は禁止されているので画像はなし。
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by fumifumifumin | 2009-08-14 17:10 |